2006年10月14日
智子の世界
「サトコ」、と読む。知的に育って欲しい意味合いがあったのだろうが、こういったことは、親の願いどおりには中々いかない。
都会育ちの彼女は容姿には優れていたが、それに比例して身近に忍び寄る危険を回避する知恵が備わっていなかった。中学では不良と付き合うようになり、タバコはもちろん、薬も覚えた。高校になったと同時に、繁華街で知り合った若い会社員と同棲した。親からはとうに見離されていたから、妊娠したときも対処の仕方が分らず、19の夏に女の子を産んだ。
旦那はというと、智子が臨月を迎える頃には、心変わりをして他に女を作って出て行っていた。入籍もしていなかったので、彼女は二十歳前にシングルマザーになってしまった。もちろん、頼るべき親もいないし、気がつけば友達も一人もいなくなっていた。
夜の店で働くようになった智子は、その容姿が功をなして収入には困らなかった。しかし、その反面、子供に手をかける時間が圧倒的に少なくなり、子供が大きくなるにつれてさまざまな問題が起きてきた。
子供は、表面上何の問題もあるように思えなかったが、精神的な疾患を抱えていた。あるいはそのように思えた。暴力的で他人を傷つけるので、保育所に預けることができなかった。アパートでは、奇声をあげたり、窓からモノを落としたりするので、大家から何度か追い出された。
役場には数度足を運んでみたが、もう行かないと決めている。自分の環境と仕事内容を話すと、どの担当者も差別的な目で智子を見るからだ。あの嘗め回すような視線はもう耐えれない。いくつかの施設をたらいまわしにされ、娘は家に戻ってきた。
「都会にいてはダメだ」、と智子は思った。近所からは白い目で見られるし、昼間は子供が部屋で独りきりになるので、いったいその時何が起きるか怖くてしょうがなかったからだ。「田舎に行こう。田舎に行けば、他人から干渉されることもないし、いい空気を吸って、子供の病気ももしかしたら改善するかもしれない」と、智子は思ったのだ。だから智子は体を売り、お金を作った。
しかし、智子の予想は全て外れた。田舎に行けば行くほど、人はうわさ好きで智子たちを放って置いてくれなかったのだ。みかん畑の農家手伝いをしていた智子の収入は、決して多くなかった。それでも静かに暮らせれば不自由のない生活だったのだが、子供がいるとそれはかなわぬ夢だった。ある日役場から人が尋ねてきて、「子供をどうして学校へいかせないのか?」と責められた。役人は責めているつもりがなくても、智子にはそのように聞こえた。事情を話すのが面倒だった智子は、のらりくらりと話を誤魔化していたが、役人が智子一家を許すことは決してなかった。向こうも仕事なのだ。だから智子は何度か住む田舎を逃げるように換えていった。
そうした悪あがきの末、智子はもう一度都会に戻ろうと思った。田舎より、都会の方が遥かに智子達を静かにしてくれるだろう事に気づいたからだ。
しかし、正解にたどり着いたと思ったときは既に遅く、智子は体を壊していた。慣れない農作業の最中、重機が智子の顔面部を強打し、命に別状はなかったものの、智子が唯一誇れる美貌を彼女は失ってしまったのだ。街中を歩いていたら、必ず振り向かれるあの美しい智子の容姿はもうこの世からなくなってしまったのだ。それだけでなく、頭を打った後遺症で、智子は歩行に障害を抱えてしまっていたのだった。
都会に戻った智子には、もう生きていく方法は何もなかった。唯一の容姿も失い、障害を抱えた子供もいる。それでも智子は都会で数年もがいてはみた。しかし、それも限界に来ていた。貯金が底をついたのだ。
智子は夕焼けを見たいと思った。日本地図を広げ、日本一の夕焼けはどこで見れるだろうと探した。地図を広げて見ると、自分の知らない地名がまだまだこんなにあるのかと、変な感動を覚えた。「私の世界はこんなに狭かったのか・・・」と、一人ため息をついた。振り向くと娘がこっちをじっと見つめている。この子にも、きっと世界はあるのだろう。智子は娘を抱き寄せ、「ごめんね」と声をあげてひたすら泣いた。
都会育ちの彼女は容姿には優れていたが、それに比例して身近に忍び寄る危険を回避する知恵が備わっていなかった。中学では不良と付き合うようになり、タバコはもちろん、薬も覚えた。高校になったと同時に、繁華街で知り合った若い会社員と同棲した。親からはとうに見離されていたから、妊娠したときも対処の仕方が分らず、19の夏に女の子を産んだ。
旦那はというと、智子が臨月を迎える頃には、心変わりをして他に女を作って出て行っていた。入籍もしていなかったので、彼女は二十歳前にシングルマザーになってしまった。もちろん、頼るべき親もいないし、気がつけば友達も一人もいなくなっていた。
夜の店で働くようになった智子は、その容姿が功をなして収入には困らなかった。しかし、その反面、子供に手をかける時間が圧倒的に少なくなり、子供が大きくなるにつれてさまざまな問題が起きてきた。
子供は、表面上何の問題もあるように思えなかったが、精神的な疾患を抱えていた。あるいはそのように思えた。暴力的で他人を傷つけるので、保育所に預けることができなかった。アパートでは、奇声をあげたり、窓からモノを落としたりするので、大家から何度か追い出された。
役場には数度足を運んでみたが、もう行かないと決めている。自分の環境と仕事内容を話すと、どの担当者も差別的な目で智子を見るからだ。あの嘗め回すような視線はもう耐えれない。いくつかの施設をたらいまわしにされ、娘は家に戻ってきた。
「都会にいてはダメだ」、と智子は思った。近所からは白い目で見られるし、昼間は子供が部屋で独りきりになるので、いったいその時何が起きるか怖くてしょうがなかったからだ。「田舎に行こう。田舎に行けば、他人から干渉されることもないし、いい空気を吸って、子供の病気ももしかしたら改善するかもしれない」と、智子は思ったのだ。だから智子は体を売り、お金を作った。
しかし、智子の予想は全て外れた。田舎に行けば行くほど、人はうわさ好きで智子たちを放って置いてくれなかったのだ。みかん畑の農家手伝いをしていた智子の収入は、決して多くなかった。それでも静かに暮らせれば不自由のない生活だったのだが、子供がいるとそれはかなわぬ夢だった。ある日役場から人が尋ねてきて、「子供をどうして学校へいかせないのか?」と責められた。役人は責めているつもりがなくても、智子にはそのように聞こえた。事情を話すのが面倒だった智子は、のらりくらりと話を誤魔化していたが、役人が智子一家を許すことは決してなかった。向こうも仕事なのだ。だから智子は何度か住む田舎を逃げるように換えていった。
そうした悪あがきの末、智子はもう一度都会に戻ろうと思った。田舎より、都会の方が遥かに智子達を静かにしてくれるだろう事に気づいたからだ。
しかし、正解にたどり着いたと思ったときは既に遅く、智子は体を壊していた。慣れない農作業の最中、重機が智子の顔面部を強打し、命に別状はなかったものの、智子が唯一誇れる美貌を彼女は失ってしまったのだ。街中を歩いていたら、必ず振り向かれるあの美しい智子の容姿はもうこの世からなくなってしまったのだ。それだけでなく、頭を打った後遺症で、智子は歩行に障害を抱えてしまっていたのだった。
都会に戻った智子には、もう生きていく方法は何もなかった。唯一の容姿も失い、障害を抱えた子供もいる。それでも智子は都会で数年もがいてはみた。しかし、それも限界に来ていた。貯金が底をついたのだ。
智子は夕焼けを見たいと思った。日本地図を広げ、日本一の夕焼けはどこで見れるだろうと探した。地図を広げて見ると、自分の知らない地名がまだまだこんなにあるのかと、変な感動を覚えた。「私の世界はこんなに狭かったのか・・・」と、一人ため息をついた。振り向くと娘がこっちをじっと見つめている。この子にも、きっと世界はあるのだろう。智子は娘を抱き寄せ、「ごめんね」と声をあげてひたすら泣いた。
Posted by t@sora at 14:24│Comments(0)
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