2006年10月28日
人のことを言う前に、
役場に勤めているある男が、中庭に変わった芋虫を見つけた。アゲハ蝶の幼虫が好む山椒の木の葉にだ。
彼は蝶採集が趣味だったのでアゲハ系の幼虫は見慣れていたが、この幼虫は見たことがなかった。薄っすらと紫がかった表皮に金色の斑点模様が浮かび、毒針を想像させる黒い毛が、外敵を威嚇するかのように体側にそって生えている。新種かもしれない、と彼は思った。
彼はその芋虫を山椒の葉の枝ごと切り取り、家に持ち帰った。インターネットで調べてみたが、該当する幼虫は見つけられなかった。「見たこともない美しい幼虫からは、見たこともないきれいなアゲハが生まれてくるに違いない」と、彼は信じてその芋虫を育てた。
家の内気温は22度を保った。幼虫からサナギへの変態にはこの気温が望ましいことを、何度もアゲハを幼虫から育てた彼は知っていた。その芋虫は、遅くてもあと数日以内にはサナギへと変態が始まるように思えた。彼は楽しみに数日を過ごした。いったいどんな蝶に変身するのだろうという期待を胸に。
ところが一週間経ってもその芋虫はサナギにはならなかった。それどころかその芋虫は、得体の知れない体液を撒き散らし、男の部屋を汚した。それだけなら男も我慢できたのだが、その体液は悪臭を伴っていたのだ。しかも、朝昼晩と、それぞれが違う三種類の悪臭なのだ。どうしたらこんな芸当ができるのか男は不思議に思ったが、これも美しく変身する代償だと思い、男は辛抱強くその匂いに耐えた。
そうして一ヶ月が過ぎた。しかし、芋虫は芋虫のままでいた。部屋は汚れ、朝昼晩には三種類の悪臭が男の部屋を支配していた。さすがに男もいらついて、「どうした!早くサナギになってみろ!」と、指で芋虫をこずいたりした。しかし、一向に芋虫はサナギになる気配を見せない。終いには、男は芋虫をいじめ始めた。えさとなる山椒の葉を取り上げ違う葉を与えたり、部屋を極端に暑くしたり寒くしたりして、靴ほどの大きさになっていたその芋虫が、嫌がって体をよじって耐えるのを男は楽しむようになった。
ある日のことだった。男は新しいいじめの方法を思いつき、それを芋虫に試そうと思った。それは文字にするのも嫌悪感を覚えるほどの残酷ないじめの方法だった。
ドアを開け、部屋に戻った男は、モノ欲しそうにしている巨大になった芋虫と目が合った。そして男が芋虫に近寄ったときのことだ。芋虫は大きな顎を横いっぱいに広げて、今までに聞いたこともないおぞましい声で鳴いたのだ。それは明らかにえさを要求している泣き声だった。男は、「もしかしたらこいつは今に言葉をしゃべるかもしれない」というあり得ない想像に恐怖し、芋虫を車で郊外の林に連れて行き、ガソリンをかけて火をつけて殺した。男は炎を振り向くことなく車に戻り、帰宅を急いだ。
家に戻った男は、一服しようと思い、タバコに火をつけテレビのスイッチを入れた。するとニュース番組で、見慣れたアナウンサーが子供を虐待死させた母親を責めていた。「いくら自分の思い通りに育たなかったとはいえ、殴り殺すことはないだろう!」と。
男は、「まったくだ」とつぶやき、日本はどうなって行くんだろうと思った。そして、テレビのスイッチを切り、タバコをくわえたまま部屋の掃除を始めた。今まで何事もなかったことのように。
彼は蝶採集が趣味だったのでアゲハ系の幼虫は見慣れていたが、この幼虫は見たことがなかった。薄っすらと紫がかった表皮に金色の斑点模様が浮かび、毒針を想像させる黒い毛が、外敵を威嚇するかのように体側にそって生えている。新種かもしれない、と彼は思った。
彼はその芋虫を山椒の葉の枝ごと切り取り、家に持ち帰った。インターネットで調べてみたが、該当する幼虫は見つけられなかった。「見たこともない美しい幼虫からは、見たこともないきれいなアゲハが生まれてくるに違いない」と、彼は信じてその芋虫を育てた。
家の内気温は22度を保った。幼虫からサナギへの変態にはこの気温が望ましいことを、何度もアゲハを幼虫から育てた彼は知っていた。その芋虫は、遅くてもあと数日以内にはサナギへと変態が始まるように思えた。彼は楽しみに数日を過ごした。いったいどんな蝶に変身するのだろうという期待を胸に。
ところが一週間経ってもその芋虫はサナギにはならなかった。それどころかその芋虫は、得体の知れない体液を撒き散らし、男の部屋を汚した。それだけなら男も我慢できたのだが、その体液は悪臭を伴っていたのだ。しかも、朝昼晩と、それぞれが違う三種類の悪臭なのだ。どうしたらこんな芸当ができるのか男は不思議に思ったが、これも美しく変身する代償だと思い、男は辛抱強くその匂いに耐えた。
そうして一ヶ月が過ぎた。しかし、芋虫は芋虫のままでいた。部屋は汚れ、朝昼晩には三種類の悪臭が男の部屋を支配していた。さすがに男もいらついて、「どうした!早くサナギになってみろ!」と、指で芋虫をこずいたりした。しかし、一向に芋虫はサナギになる気配を見せない。終いには、男は芋虫をいじめ始めた。えさとなる山椒の葉を取り上げ違う葉を与えたり、部屋を極端に暑くしたり寒くしたりして、靴ほどの大きさになっていたその芋虫が、嫌がって体をよじって耐えるのを男は楽しむようになった。
ある日のことだった。男は新しいいじめの方法を思いつき、それを芋虫に試そうと思った。それは文字にするのも嫌悪感を覚えるほどの残酷ないじめの方法だった。
ドアを開け、部屋に戻った男は、モノ欲しそうにしている巨大になった芋虫と目が合った。そして男が芋虫に近寄ったときのことだ。芋虫は大きな顎を横いっぱいに広げて、今までに聞いたこともないおぞましい声で鳴いたのだ。それは明らかにえさを要求している泣き声だった。男は、「もしかしたらこいつは今に言葉をしゃべるかもしれない」というあり得ない想像に恐怖し、芋虫を車で郊外の林に連れて行き、ガソリンをかけて火をつけて殺した。男は炎を振り向くことなく車に戻り、帰宅を急いだ。
家に戻った男は、一服しようと思い、タバコに火をつけテレビのスイッチを入れた。するとニュース番組で、見慣れたアナウンサーが子供を虐待死させた母親を責めていた。「いくら自分の思い通りに育たなかったとはいえ、殴り殺すことはないだろう!」と。
男は、「まったくだ」とつぶやき、日本はどうなって行くんだろうと思った。そして、テレビのスイッチを切り、タバコをくわえたまま部屋の掃除を始めた。今まで何事もなかったことのように。
Posted by t@sora at 19:46│Comments(4)
│時事について
この記事へのコメント
画像が頭の中に作り出されます。
以前書かれた、道で轢かれていた動物の話も印象深いですが、これもなかなかですね。
以前書かれた、道で轢かれていた動物の話も印象深いですが、これもなかなかですね。
Posted by edosin at 2006年10月30日 08:53
重たい話にはコメントが少ないのが悩みの種です(^^;
今回はちょっとホーラー仕立てにしてみました(笑)。
今回はちょっとホーラー仕立てにしてみました(笑)。
Posted by 職場からの○yappi at 2006年10月30日 10:20
こちらへ返事書きます。記事とは関係のない内容ですいません。何時も訪問有難うございます。
忙しくても、自分で求めた土地での生活は、都会での暮らしとは趣が違うと思うのですが。テレビ等で山村移住や定年帰農などが取り上げられていますが、取り上げられているのはほんの一握りの人たちのような気がします。最初の希望が達成出来ずに途中棄権する人のほうが断然多いと思います。農業など生産が上がらずリタイアする人、地域になじめなくて都会へ戻る人など、そういう人は決してマスコミは取り上げてくれないでしょう。
理想と現実は違うとだけでは言い切れないとは思いますが、生活の場を変えるということは、かなりの労力を使うのでしょうね。
頑張ってくださいとしか言えませんが、時間を見つけて遊びに来てください。歓迎します。
忙しくても、自分で求めた土地での生活は、都会での暮らしとは趣が違うと思うのですが。テレビ等で山村移住や定年帰農などが取り上げられていますが、取り上げられているのはほんの一握りの人たちのような気がします。最初の希望が達成出来ずに途中棄権する人のほうが断然多いと思います。農業など生産が上がらずリタイアする人、地域になじめなくて都会へ戻る人など、そういう人は決してマスコミは取り上げてくれないでしょう。
理想と現実は違うとだけでは言い切れないとは思いますが、生活の場を変えるということは、かなりの労力を使うのでしょうね。
頑張ってくださいとしか言えませんが、時間を見つけて遊びに来てください。歓迎します。
Posted by masaki at 2006年11月01日 17:20
まじレス感謝です。
そうですね、失敗して実家に戻る家庭も多いですね。こういった冒険は、保険があると成功しません。第一、うちら一家もまだ結論は出てませんから(^^;
そうですね、失敗して実家に戻る家庭も多いですね。こういった冒険は、保険があると成功しません。第一、うちら一家もまだ結論は出てませんから(^^;
Posted by ayappi at 2006年11月02日 14:27
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